デス・オーバチュア
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「なっ……」 アリスは、『我が家』に辿り着くなり絶句した。 「ああ、やっと帰ってきたか」 優雅な『空き巣(不法侵入者)』が、アリス達を出迎える。 本来、アリスと人形達以外出入り不可能なはずの『家』で、その青年は我が物顔でくつろいでいた。 「別に勝手に持っていっても良かったんだが……」 白いコートに金髪の青年は手にしていたワインを飲み干すと、ソファーから立ち上がる。 「…………」 青年のすぐ後には青い長髪のメイド少女が控えており、『鋭利な刃のような黒爪を伸ばした右手』を抱えていた。 「一応断ってから持っていこうと思ってな」 少女から『爪刀の右手』を受け取ると、青年は白い大きな柱の前へと赴く。 「じゃあ、『柱』一本貰っていくぞ」 「待っ……」 アリスが何か言うよりも早く、青年は『爪刀の右手』を剣のように柱へと叩きつけた。 心地よい風切音が響く。 「しかし、今時、神柱石で宮殿を造ってる奴がいるとはな……」 柱には傷一つ付いていないが、青年は満足げに微笑し、アリス達のいる方へと歩きだした。 「実際にこの目で見るまでは信じられなかったぞ」 「……光皇……ルーファス……」 アリスが震える声で、青年の正体を口にする。 「あん? 俺のことを知っているのか? 俺の方はお前に覚えはないが……忘れているだけか……?」 「…………」 「まあ、どうでもいいか」 本当にどうでも良さそうにそう呟くと、金髪の青年ルーファスはアリス(正確には彼女を抱えたセシア)の横を通り抜けた。 アリスとセシアは、動けないのか、それとも動かないのか、人形のように立ち尽くしたまま青年の通過を許してしまう。 「帰るぞ、メイル・シーラ」 「はい、御主人様」 ルーファスは振り返りもせずに、青髪のメイド少女メイル・シーラに声をかけた。 メイル・シーラは主人に返事をすると、目の前にあった『ルーファスが異界竜の右手を叩きつけた柱』に右手を添える。 「ふっ!」 彼女が軽く息を吐くと同時に、柱が一気に『引き抜かれ』た。 「なんじゃとっ!?」 「異界竜の腕……」 セシアが驚きの声を上げ、アリスが爪刀の右手の正体に気づく。 「よいしょ……では、失礼致します、お邪魔いたしました」 メイル・シーラは軽々と柱を右肩に担ぎ上げると、アリス達に一礼し、その横を通り過ぎて主人の後を追っていった。 「見事な柱泥棒ね」 光皇とその侍女(メイド)が完全に立ち去ると、入れ代わるようにリセットが姿を見せた。 「しかも、勝手に飲み食いしてくなんて……最悪の空き巣よね」 テーブルの上には、ルーファスが飲み食いした痕跡が残されている。 「それにしても……普段あんなに偉そうなのに、光の魔皇には圧倒されちゃって言葉も出なかった?」 リセットは視線をテーブルからセシア達に移すと、意地悪げな微笑を浮かべた。 「な……や、やかましい! あやつのあまりの我が物顔、傍若無人ぶりに言葉を失っただけじゃっ!」 「はいはい、別に責めないわよ。アリスだって同じだったみたいだし……」 「…………」 アリスは文字通り人形のように無言無表情で、否定も肯定もしない。 「そう言うお主こそ今まで何処に隠れておった!?」 「あら、私はただ単に顔を合わしたくなかっただけよ。怖くて身動きできなかったあなた達とは違うわ」 リセットはフフンと不敵に鼻で笑った。 「うぬぅぅ……おのれ……」 水色のストールが、セシアの右手だけに絡みついていく。 「ストップ! 家の中で暴れないの」 戦闘態勢に移ろうとしたセシアを、アリスがメッと子供を叱るような感じで止めた。 「ぬぬうう……」 セシアは口惜しげに唸りながらも、ストールを背中(普段の定位置)へと戻していく。 「そうそう、マスター(御主人様)の言うことちゃんと聞かないとね」 リセットはクスッと悪戯っぽく微笑う。 「リセットも煽らないの。セシアは良くも悪くも単純なんだから……」 「は〜い」 「誰が単純じゃ、誰がっ!?」 「さてと……下ろしてセシア」 「むぅぅっ……」 セシアは不服そうだが、命令通りアリスを床へと下ろした。 「私は一仕事してから寝るから、あなた達は先に寝てていいわよ」 アリスは自分の足でテーブルに向かって歩き出す。 「遠慮なく寝かせてもらうわ……セシア、あなたは?」 「ふん、もう少しここに居よう、誰かのせいで気が立って眠気が飛んでしまったのでな……」 「そう? じゃあ、眠くなるまで掃除でもしてたら? お休み〜」 リセットはセシアの嫌味を優雅にスルーして、さっさと部屋の奥へと消えていった。 目覚めて最初に見たのは見知らぬ天井。 「ああ、目が覚めたのか?」 顔を横に傾けると、知らない男の背中が見えた。 男は床に座り込んで何か作業をしており、作業を優先したいのか、彼女に対して興味がないのか、こちらを振り向こうとさえしない。 「貴様は?……我は?……なあっ!? 貴様、我に何をした!?」 カーディナルは自分の置かれている姿(状況)をようやく自覚した。 彼女は全裸で毛布一枚かけられただけで、床に寝かされて(放り出されて)いたのである。 「くっ……」 カーディナルは肌を隠すように毛布を全身に巻き付けると、男から遠ざかれるだけ遠くへ……壁際まで跳び離れた。 「起きるなり騒がしい奴だ。まあ、その様子なら『修復』は完璧みたいだな」 男の声には意地悪げというか、悪戯っぽいというか、カーディナルを嘲笑うような響きが感じられる。 「修復……だと……?」 カーディナルは自分の体に、右肩から左腰にかけて袈裟懸けに走る大きな傷跡と、背後から左胸を刺し貫かれたような深い傷跡が刻まれていることに気づいた。 「あの時の傷か……?」 どちらの傷も思い当たることがある、赤の守護騎士(フレイア)の必殺の一撃と、最悪の死神(セレナ)の不意打ち……。 「だがこんなに早く治るはずが……いや、それ以前に……」 生きている(助かった)ことが奇跡だった。 「貴様が……我を……?」 「ああ、別に礼なんかいらないが、死ぬほど感謝しろよ」 「…………」 男は相変わらずカーディナルの方を振り向くこともなく、剣刃に深い爪痕のような傷の刻まれた剣を弄っている。 「たく、ゼノンの奴ヘマしやがって……」 「ゼノン?」 「まあ、自己修復で直らないこともないが……せっかくだから根本から『創り直す』か?」 鑑定でもするように暫し剣刃を眺めた後、男は剣を鞘へと収めた。 「……自己修復……その剣、オリハルコン製だな?」 「ああ、見ただけでよく解ったな?」 「その位の目利きはできる……」 「ほう〜?」 剣を床に置くと、男は座ったまま回転し、初めてカーディナルの方を振り返った。 「貴様は……!?」 覚えがある等という生易しいものではない。 自分はこの男に会うために、この男を灼き殺すために、地上へとやってきたのだ。 「やっと……やっと見つけたあああああっ!」 カーディナルの背後に紅蓮の炎が燃え上がる。 「おい、ひとの仕事場を火事にする気か?」 「黙れ、黙れ! 貴様は我が剣で灼き斬る!」 前方の空間が歪めて出現した鮮褐色の剣をカーディナルが掴むと、剣は美しい深紅色に染まり、紅蓮の炎を噴出させた。 「細胞一つ残さず灼き尽……くううっ!?」 紅蓮の炎の剣が動き出すよりも速く、ルーファスの右手が伸びてきてカーディナルの左胸を掴む。 「少しは大人し寝てろ!」 ルーファスはそのままカーディナルを押し倒し、彼女の上に覆い被さった。 「貴様、何の……うっ!?」 カーディナルの唇がルーファスの唇によって塞がれる。 「むぅぅ……うぅぅぅぅ……!」 紅蓮の炎がカーディナルの全身から爆発的に噴き出し、ルーファスを灼き尽くそうとした。 しかし、紅蓮の炎は全て紙一重でルーファスには届かない。 「むぅぅ!? うんんんんんんんううううっ!」 カーディナルがジタバタと足掻き暴れる度に、紅蓮の炎は激しく荒れ狂うが、ルーファスには炎を遮断する薄膜でもあるかのように一切燃え移らなかった。 「……フッ」 ルーファスはカーディナルの唇を解放すると、意地悪げに微笑う。 「このまま動かなく(大人しく)なるまで犯してやってもいいんだが……エリュウディエルの娘(一部)かと思うと……どうも萎えるんでな……やはり『浮気』はやめておくか……」 そう言ってカーディナルから離れると、ルーファスは自嘲と自虐の混ざった複雑な笑みを浮かべた。。 「き……貴様……」 カーディナルは憎悪の瞳でルーファスを睨むだけで、なぜか動かない……いや、動けずにいる。 「と言うわけで、俺の気が変わらないうちにさっさと失せな」 「ふ……ふざけ……」 「ああ、動けないのか? 初めての接吻(キス)で腰でも抜けたか?」 「なあああああっ!? ふああああああああああっ!」 「吠えるな吠えるな、俺の方から消えてやるから……お前は好きなだけここで休んでからママの所に帰りな」 「ま……ま……待て……ル……」 「じゃあ、ママ(エリュウディエル)によろしくな」 ルーファスはカーディナルに背中を向けると、一度も振り返ることなく小屋から出ていった。 「ルーファス……」 殺す、燃やす、灼き尽くす。 あの男を灰燼に帰さない限り、我が恥辱は晴れることはないのだ。 「母上の元になど戻れるわけがない……」 この恥辱を晴らすまで、悪魔界へ帰るつもりはない。 「例えあの男が何者だろうと……我が誇りにかけて絶対に灼き殺す!」 カーディナルは紅蓮剣を出現させると、前方を薙ぎ払った。 解き放たれた紅蓮の炎が木々を一瞬で灼き尽くし、カーディナルの前に灰燼の道(ロード)が切り開かれる。 「ダルク・ハーケンなど今はどうでもいい……」 この前は、目の前で不快な非道を行っていたから反射的に焼き払ったまでだ。 ダルク・ハーケンなどカーディナルにとっては目障りな『蠅』に過ぎない。 彼女の視界を汚さない限り、生きていようが死んでいようが、何を企み何を実行していようが、知ったことではなかった。 「所詮は蠅……いずれ母上か、他の者(高位悪魔)に駆逐されるだろう……」 あんな『蠅』を退治するために、こんな極東の果てにまで赴いたのではない。 自分に二度も恥辱を味わせ、誇りを傷つけたあの男……ルーファスを追ってきたのだ。 「……ん?」 地平の果てまで一直線に焼き払ったはずの灰燼の道の先に、ポツンと取り残されている何かが見える。 カーディナルは其処に向かって、灰燼の道を駆けた。 其処……それが何なのかはすぐに判明する。 切り株だ。 かなりの年輪を重ねた大木を切り倒してできたと思われる大きな切り株が、一つだけポツンと灰燼の中に取り残されているのである。 そして、その切り株の上に寝かされている者と、座っている者が一人ずつ居た。 寝かされているのは、黒い法衣を纏った黒髪の少女……タナトス・デッド・ハイオールドである。 「ふん……」 侵略する火の如き勢いで駆けてきたカーディナルは、切り株の直前でピタリと急停止した。 「おい、貴様」 カーディナルは切り株に座っている方の少女に声をかける。 「季節は流れ〜♪」 だが、返ってきたのは返事ではなく、とても綺麗な歌声だった。 「貴様……我の声が聞こえていないのか……?」 「見失った約束〜♪」 とても心地よく、それでいてなぜか冷たく切ない歌声。 「……貴様……」 カーディナルは自分に背中を向けて歌い続けている少女を凝視した。 小さい、眠っているタナトスやカーディナルに比べて明らかに小柄で、140pあるかないかといったところである。 鍔の広い大きな黒帽子を深々とかぶり、衣服も基本的に喪服並みに黒ずくめだ。 黒く無いのは、ベストのような黒のノースリーブシャツの白い襟と赤いネクタイぐらい。 スカートは足首まで隠すほど長く、膨らみというか広がりのないタイプのものだ。 僅かに覗く足に履いているのは黒い革靴。 シャツとスカートはワンピースのように一続きになっており、腰に巻かれた太い赤皮のベルトはあくまでファッションのためだけの物で、緩くだらしなく締められていた。 帽子からこぼれ落ちた黒髪は、緩やかなウェーブをなして、背中を覆い尽くしている。 とても艶やかで見事な黒髪なのだが、よく見ると白髪がまるでメッシュのように少し混じっていた。 「手放した恋を〜♪」 少女は後腰に回した両手で、漆黒の長い棒のような物を持っている。 一見杖のようだが、丸みがなく、刀や剣の鞘のように平らで、全面に青い薔薇と茨の模様が描かれていた。 そもそも、漆黒の棒は約130p程の長さがあり、身長が140p程度しかない彼女の杖には長すぎる。 「いい加減にこちらを見ろ!」 本気で気づいていないのか、無視してているのか、歌をやめようとしない少女に苛立ったカーディナルは、紅蓮剣を彼女の後頭部へとかざした。 いくら何でも、紅蓮剣の熱気をここまで間近に押しつけられたら気づかぬ馬鹿はいまい。 もしそれでも気づかない、または無視し続けるつもりなら、紅蓮剣でこの黒髪を燃やしてやるまでだ。 「♪♪♪〜」 黒髪の少女の両手が微かに動き、漆黒の長棒が『開かれ』る。 「何!?」 長棒はただの棒ではなく『長刀』であり、鞘と柄が僅かにズラされて、氷のように透き通った刃がその姿を覗かせていた。 「氷……?」 いや、氷のようなではなく、透き通るその刃は本物の氷でできている。 その証拠に、刃が姿を見せた瞬間からとてつもない冷気が放たれて、周囲の温度を急激に低下させていた。 「馬鹿な!?」 カーディナルは刃が氷だと確信した理由の馬鹿げた部分に気づく。 例え本物の氷でできていたとしても、こんな急激に周囲の温度を低下させる程の冷気など放つわけがなかった。 「さよならできる〜♪」 「くっ!?」 突然の轟音、次いで何かが蒸発するような音。 切り株に座って背中を見せていたはずの少女は、カーディナルが一度瞬きした間に、立ち上がって反転し斬りつけてきていた。 カーディナルはその超速の不意打ちにも反応し、鞘から解き放たれた氷の刃を紅蓮剣で受け止めている。 紅蓮剣がその名の通り紅蓮の炎の剣なら、相手は永久凍土の氷の刃、交錯した炎と氷の剣は、燃え盛る炎に冷水をぶっかけた時のような音をたて続けていた。 「紅蓮剣と交差して蒸発しないだと!?」 季節凍土の氷だろうが、永久凍土の氷だろうが、本当にただの氷でできた刃なら、紅蓮剣に触れた瞬間蒸発して消え去るはずなのである。 「♪〜」 「くっ……」 カーディナルは紅蓮剣と互角に競り合う氷の刃を改めて凝視した。 刀かと思ったが、一般的に極東刀と呼ばれる刀とは少し違う。 片刃直刀、極東刀の特徴である反りがまったくなく、細く長い氷刃は普通の極東刀よりもかなり長かった。 平均的な極東刀の長さが90pなのに対して、この氷の刀は130p……つまり約40pの差(1.5倍の長さ)があるのである。 「貴様は一体……?」 「♪♪♪〜」 少女は何も答えず、ただハミングし(口を閉じ、声を鼻に抜いてメロディーを歌い)ながら笑っていた。 「くっ、貴様、何がそんなに可笑しい!?」 嘲笑いや意地悪げな笑顔ではない、穏やかで優しげな笑顔……だが、その笑顔がカーディナルにはなぜか物凄く不快に感じられる。 「? ア……私、笑ってますか?」 少女が初めて口を開く、笑顔と同じ穏やかで優しげな声だ。 「ああ、どこまでも人の良さそうな、無害そうな……非常に我の癪に障る笑顔だっ!」 あの男の意地悪げな微笑、母上の悪戯っぽい笑み、ダルク・ハーケンの下衆な嗤い……どれもこの女の作り物ぽい『笑顔』に比べればマシに思える。 「ああ、あなたにはそう見えるんですね……でも、私は笑ってなんていないんですよ」 「何?」 「これは普通の顔なんですよ!」 「つうぅっ!?」 少女は力ずくで氷刀(ひょうとう)を振り切り、カーディナルを僅かに後退りさせた。 「普通の顔だと……それでか?」 「はい、そうですよ」 笑顔……いや、笑顔に見える真顔で少女は肯定する。 「……随分と細目なのだな……」 少女の両目は『への字』というか、閉じているようにしか見えず、瞳の色すら解らなかった。 「う〜、非道いです。気にしているのに〜」 彼女は拗ねた感じで言うが、顔は笑顔のまま変わっていない。 「もう許しませんよ、殺しちゃいますよ」 今度はぷんぷんと怒っている……つもりのようだが、表情は笑顔で固定されたままだ。 「……待て……そう言えば、貴様なぜ我に斬りかかってきた?」 カーディナルは、今初めて気づいたかのように尋ねる。 「はい? いまさらそれを聞きますか?」 「今まで別に気にならなかっただけだ。まあ、理由などどうでもいいと言えばいいが……」 理由もなく殺そうとしたり戦闘を挑むことは魔族や悪魔では珍しくもなかった。 手段である戦闘自体が目的、楽しむために戦い、殺し合う、高位存在(悪魔や魔族)などそんなものである。 「悪魔や魔族じゃあるまいし、理由もなく斬りかかったりなんてしませんよ。理由は……そうですね、彼女をなんとなく守るためでしょうか?」 「彼女……?」 少女の言う彼女というのが、いまだに切り株の上で眠り続けている存在のことだということはすぐに解った。 「彼女の移り香に気づいたら、きっとあなたは彼女を殺そうとします」 「移り香……残り香……匂い?……はっ!?」 「気づきましたか? 坊主憎ければ袈裟まで憎い……あなたの次の行動は……」 「我が前から消えよ!」 突然、カーディナルが少女を無視して跳躍し、タナトスへと斬りかかる。 「予想通りですよ」 切り株の前に少女が先回りして出現し、氷刀で紅蓮剣を受け止めた。 「どけっ! あの男の匂いがする女など生かしておけるかっ!」 「とても解りやすい人ですね、あなたも……そういうの嫌いじゃないですよ」 少女が片手(右手)で持った氷刀に紅蓮剣は貼りついており、カーディナルは宙に浮いたままである。 「くっ、剣が貼りついて離れぬ!?」 カーディナルが自分の力で浮遊しているのではない、少女がカーディナルを『捕らえ』て持ち上げているのだ。 「炎のように激しい愛憎(感情)……私にはないモノだから……とても羨ましいですよ!」 少女の左手に持たれていた鞘が再び『開かれ』出す。 「馬鹿な、刀がもう一つ!?」 「しばらく凍っていてくださいね!」 鞘から抜き放たれた二振りめの氷刀が、細氷を撒き散らしながら、カーディナルを切り刻んだ。 冷たく染みいるような音を響かせて、二振りの氷刀が一本の鞘へと収められる。 鞘はあくまでも一振り分の長さしかなく、氷の二刀が綺麗に収まる様はまるで手品のようだった。 「……ふう、疲れました〜」 少女は切り株に座り込む。 彼女の背には、カーディナル入りの氷柱が突き立つっていた。 氷柱はカーディナルのためだけの氷の棺。 切り刻まれたように見えたカーディナルは傷一つ無く、氷の棺の中でその活動(時間)を止めていた。 「誰かを傷つけて〜♪」 少女は、眠り続けるタナトスへの子守歌のつもりか、それともただの暇潰しか、再び歌い始める。 「手に入れた恋なのに〜♪」 先程まで歌っていたのとは明らかに別の歌だ。 「……ん……んん?……ううん……」 タナトスが肌寒そうにブルリと震える。 「あっ、目が覚めましたか〜♪」 「う……むっ……?」 凍てつくような寒さと心地よい歌声によって、タナトスは眠りから起こされた。 「ここは? 私は……」 タナトスは頭を振って眠気を完全に打ち消し、現在に至るまでの記憶を思い出そうとする。 「確か、吹き飛ばされて……?」 「一言で言えば、眠っている間に全てが終わっちゃいました♪……て感じですか?」 「むっ……」 恐ろしく的確でミもフタもない一言を口にしたのは、まったく見覚えのない小柄な少女だった。 穏やかで大人びた雰囲気と、幼く儚げな雰囲気が同居する不思議な少女。 年の頃は14〜16歳ぐらいだろうか、ある意味ではクロス(16歳)よりも大人びて見え、またある意味ではフローラ(14歳)にも負けない程幼くも見えた。 「誰だ……?」 見覚えは間違いなくないのだが、少女に対して妙な親近感をタナトスは覚える。 「初めまして、ア……私はアイナリクス・オルサ・マグヌス・ガルディア……どうぞ気安くアイナと呼んでくださいね」 語尾にハートマークでもつきそうな甘い声色で、少女はそう名乗ったのだった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |